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『ソーシャルラーニング入門』の第1章を7つに分けて公開しながら、「ソーシャルラーニング」の世界をご紹介するシリーズ、第7回目、最終回です。

今回は、「研修で終わらせないために」というパートをご紹介します。

まず始めに、従業員の教育と学びを研修に押しつけるべきではない、という指摘から始まります。過去15年間、企業は研修をオンラインコースに移行する合理化策を行っていました。しかしながら、重要なポイントを見逃しがちです。

「研修と学びは同じものではない」

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この間、育児プログラムの実験セッションをやりながら気がついたのだが、このごろの若いお母さんやお父さんは、子どもに家事の分担などを提案しても、子どもがいやがるとすぐにひっこめてしまうみたいだ。子どもが「ええっ」と言ったりすると、それだけで親はさっさと撤退する。「人の嫌がることはしない」という教育が徹底しているのかな。家事を分担するというのは、家族の義務だ。義務は、好きとか嫌いとか言うべき対象ではなく、引き受けるしかないものだ。むかしは鉄拳制裁をしてでも引き受けさせたのだが、それは野蛮なので、楽しく引き受けてもらう工夫をするのが、アドラー心理学の育児だ。どうもそのあたりが伝わっていない。

 学会の役員になり手がないというのも、こういう背景があるんだろうね。面倒なことは引き受けたくないんだ。しかし、そんなことをしていたら、人を不幸にするし、それがはねかえって、結局は自分自身が不幸になるだけだ。進歩的(?)な先生方が、学校教育から、いわゆる「強制」を徹底的に排除したので、ものすごいエゴイストが育ってしまっている。組織のために義務を果たすのは、組織成員の誇りなんだがなあ。学校教師自身にそういう体験がないのかもしれない。まあ、文句を言っていても仕方がないので、機会があるたびに、義務を果たすことの喜びについて話をしていこう。これは、仏教的なアイデアではなくて、神道的なアイデアじゃないかな。

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http://jalsha.cside8.com/diary/2012/01/11.html (via kogo)

「今年小学校に入学した子どもたちの65%は、現在存在していない職業につくことになるだろう 。」

http://mindshift.kqed.org/2011/10/whats-your-major-working-toward-the-uninvented-job/